事業所得の事業主貸・事業主借を記帳する
概要
事業所得の記帳では、事業のお金と家計のお金が行き来する場面が必ず出てきます。事業用の現金を生活費として使った、家計のお金を事業用口座へ入れた、私用のカードで事業の消耗品を買った――こうした取引を売上や必要経費と混同せずに記録するための代表的な勘定科目が、事業主貸と事業主借です。
事業主貸は事業から家計側へお金や支払いが出る場面で使い、事業主借は家計から事業側へお金や支払いが入る場面で使います。ただし、この二つは売上や必要経費そのものを表す科目ではありません。事業と家計の境界を帳簿上で整理するための科目です。
このページでは、事業主貸・事業主借を使う場面かどうかの判断から、代表的な仕訳、間違えやすい境界、年末の確認までを順番に説明します。
このページで分かること
- 事業主貸・事業主借の基本的な意味と向き
- 事業主貸を使う代表的な場面
- 事業主借を使う代表的な場面
- 私用のお金で事業経費を払ったときの記帳
- 事業用のお金で私的な支払いをしたときの記帳
- 事業分と家事分が混ざる支払いの整理方法
- 事業用口座・現金間の単なる資金移動との違い
- 開業時の元入金との違い
- 年末に確認すべきこと
- よくある間違いと二重計上の防ぎ方
対象読者
- 個人事業者として複式簿記・会計ソフト等で記帳している方
- 事業用資金と家計資金の出入りを初めて記録する方
- 私用カード・私用口座で事業経費を支払った方
- 事業用口座から生活費や個人的な税金等を支払った方
- 事業用口座間の振替と事業主貸・事業主借を混同している方
- 年末に事業主貸・事業主借の残高や計上漏れを確認したい方
更新日
更新日:2026年10月4日
まず確認すること
記帳の前に、次の3点を確認してください。
- その取引は事業だけで完結する取引か
- 家計のお金や個人的な支出が関係しているか
- 本来記録すべき売上・経費・資産等の科目を別に記録する必要があるか
この3点を確認せずに「事業主貸・事業主借にすればよい」と処理を進めると、本体の経費や売上の記録が漏れる原因になります。
事業主貸・事業主借とは
事業主貸と事業主借は、個人事業で事業と家計の間にお金や支払いがまたがったときに使う代表的な勘定科目です。
- 事業主貸:事業から家計側へ資金・支出が出る場面で使う代表的な勘定科目です。
- 事業主借:家計から事業側へ資金・支払いが入る場面で使う代表的な勘定科目です。
「貸」「借」という文字から、実際にお金を貸し借りしたと考えたくなりますが、事業主貸・事業主借は金銭消費貸借契約を意味する名称ではありません。事業主貸だからといって事業主へ貸付金が発生するわけではなく、事業主借だからといって事業が借金を負うわけでもありません。個人事業者の場合、事業も家計も最終的には同じ一人の財布に属するため、その間の出入りを帳簿上で整理する目的で使う科目だと理解してください。
また、事業主貸・事業主借は個人事業特有の事業・家計境界の処理であり、法人の役員貸付金・役員借入金とは別の性質の科目です。
事業主貸を使うとき
次のような場面で事業主貸を検討します。
- 事業用現金を生活費として家計へ渡したとき
- 事業用口座から個人的な支出を払ったとき
- 事業用口座で家事分を含む支払いをし、私用分を分けるとき
- 必要経費にならない個人的な税金等を事業用資金から支払ったとき
事業主貸は必要経費そのものではありません。事業から家計へお金が出たことを記録する科目であり、生活費や個人的な支出を経費科目へ計上する代わりに使う科目ではない点に注意してください。
事業主借を使うとき
次のような場面で事業主借を検討します。
- 家計資金を事業へ追加投入したとき
- 私用現金で事業経費を支払ったとき
- 私用カード・私用口座で事業上の支払いを立て替えたとき
事業主借は事業所得の売上・収入そのものではありません。家計から事業へお金が入ったことを記録する科目であり、その入金自体を売上や雑収入に計上する必要はありません。
ただし、支出の内容が経費・資産・仕入等のどれに当たるかは、事業主借とは別に判断する必要があります。
事業主貸・事業主借の違い
| 比較軸 | 事業主貸 | 事業主借 |
|---|---|---|
| 資金・取引の向き | 事業から家計へ出る | 家計から事業へ入る |
| 典型的な意味 | 事業のお金を家計側へ渡した記録 | 家計のお金を事業側へ入れた記録 |
| 生活費を事業用資金から出した場合 | 事業主貸で処理する | 該当しない |
| 家計資金を事業へ入れた場合 | 該当しない | 事業主借で処理する |
| 私用資金で事業経費を払った場合 | 該当しない | 経費科目を借方、事業主借を相手科目とする |
| 事業用資金で私的支出を払った場合 | 事業主貸を借方、現金・普通預金等を貸方とする | 該当しない |
| 売上になるか | ならない | ならない |
| 必要経費になるか | ならない | ならない |
| 事業内の口座振替で使うか | 使わない(現金・普通預金等で処理) | 使わない(現金・普通預金等で処理) |
| 年末の主な確認点 | 私的支出の経費混入がないか、計上漏れがないか | 私用資金での経費立替の計上漏れがないか |
事業主貸・事業主借を使ったこと自体で、その取引の必要経費該当性や売上該当性が決まるわけではありません。経費や売上として記録すべき内容は、事業主貸・事業主借とは別に判断してください。
私用のお金で事業経費を支払ったとき
私用の財布・口座・カードで事業上の支払いをした場合は、次の順で記録します。
- 経費そのものは、消耗品費や旅費交通費等の経費科目で記録します。
- 資金の出どころが私用であることは、相手科目に事業主借を使って記録します。
- 事業主借だけを記録して、経費科目そのものを消してはいけません。
- 後日、事業用口座から自分へ精算する場合は、経費を二重に計上しないよう確認します。
「私用のお金で払ったから経費にできない」とは考えません。経費の内容と、その資金がどこから出たかは、分けて記録します。
事業用のお金で私的な支払いをしたとき
事業用の現金や口座から個人的な支払いをした場合は、その支出を必要経費へ入れず、事業主貸で整理します。
「事業用口座から現金が減った=経費」と単純に判断してはいけません。個人的な税金や生活費などは、事業主貸で事業から家計へ出たことを記録する代表例です。
事業分と家事分が混ざる支払いをしたとき
一つの支払いに事業分と私用分が混ざっている場合は、両者を分けて記録します。
- 事業分は、対応する経費科目で記録します。
- 私用分は、事業主貸で記録します。
事業分と私用分をどのような割合で分けるか、という按分率の決め方自体は、家事按分を扱う別記事の範囲です。このページでは、按分後の事業分・私用分をどの科目で記録するかまでを扱います。
事業用口座・現金の間でお金を移したとき
事業用普通預金から事業用現金へ移すなど、事業の中だけでお金を移した場合は、事業内の資金移動です。
家計へ出ていない、家計から入っていないのであれば、事業主貸・事業主借は使いません。現金・普通預金等の科目で処理します。
「自分名義の口座間の移動だから事業主貸・事業主借になる」とは考えません。事業内の口座・現金の間の移動であるかどうかを、まず確認してください。
開業時の元入金との違い
開業時に最初の事業用資金を設定する場面では、元入金という科目が関係する場合があります。
開業時の最初の事業資金、期首の元入金、事業を始めた後に家計から追加で投入した資金を、同じものとして扱わないでください。開業時・期首の処理は元入金が関係するため、事業を始めた後の通常の追加投入とは分けて確認します。
元入金の具体的な計算方法は、このページでは扱いません。会計ソフトの公式案内や、他の記事で確認してください。
具体例
例A 事業用現金から生活費を30,000円取り出した
取引状況:事業用の現金から30,000円を生活費として取り出しました。
事業主貸 30,000 / 現金 30,000
なぜこの科目になるか:事業から家計へお金が出たため、事業主貸で記録します。
何と間違えやすいか:生活費を必要経費として計上してしまう間違いが起こりやすい取引です。生活費は必要経費ではありません。
例B 家計用の現金100,000円を事業用現金へ入れた
取引状況:家計用の現金100,000円を事業用の現金へ入れました。
現金 100,000 / 事業主借 100,000
なぜこの科目になるか:家計から事業へお金が入ったため、事業主借で記録します。
何と間違えやすいか:この100,000円を売上や雑収入として計上してしまう間違いが起こりやすい取引です。事業主借は売上・収入ではありません。
例C 私用の財布で事業用の消耗品8,000円を支払った
取引状況:8,000円全額が事業上の必要経費として処理すべき消耗品を、私用の財布から支払いました。
消耗品費 8,000 / 事業主借 8,000
なぜこの科目になるか:経費の内容そのものは消耗品費で記録し、資金が私用の財布から出たことは事業主借で記録します。
何と間違えやすいか:「私用のお金で払ったから経費にできない」と考えて、消耗品費を記録しないままにしてしまう間違いが起こりやすい取引です。経費の内容と資金の出どころは分けて記録します。
例D 事業用普通預金から個人的な所得税50,000円を支払った
取引状況:個人の所得税50,000円を、事業用の普通預金から支払いました。このページでは、個人の所得税を事業所得の必要経費として扱わない代表例として取り上げます。
事業主貸 50,000 / 普通預金 50,000
なぜこの科目になるか:個人的な税金の支払いは家計側の支出であり、事業から家計へお金が出たことを事業主貸で記録します。
何と間違えやすいか:「税金」という名称だけを見て租税公課へ計上してしまう間違いが起こりやすい取引です。個人の所得税は事業所得の必要経費にはなりません。
例E 事業用口座から電気代12,000円を払い、事業分8,000円・家事分4,000円と整理した
取引状況:事業用口座から支払った電気代12,000円のうち、事業分を8,000円、私用分を4,000円と整理しました。
水道光熱費 8,000・事業主貸 4,000 / 普通預金 12,000
なぜこの科目になるか:事業分は水道光熱費として記録し、私用分は事業主貸として事業から家計へ出たことを記録します。
何と間違えやすいか:私用分まで含めて全額を水道光熱費に計上してしまう間違いが起こりやすい取引です。家事按分率の決め方自体は、このページでは扱いません。
例F 事業用普通預金から事業用現金へ100,000円を引き出した
取引状況:事業用の普通預金から事業用の現金へ100,000円を移しました。
現金 100,000 / 普通預金 100,000
なぜこの科目になるか:事業の中だけでお金が動いた資金移動であり、家計との出入りがないため、現金と普通預金の科目だけで記録します。
何と間違えやすいか:自分名義の口座・現金間の移動だからという理由で事業主貸・事業主借を使ってしまう間違いが起こりやすい取引です。事業内の資金移動には事業主貸・事業主借を使いません。
例G 開業後しばらくして家計用普通預金から事業用普通預金へ200,000円を追加投入した
取引状況:開業後にあらためて、家計用の普通預金から事業用の普通預金へ200,000円を追加で入れました。
普通預金 200,000 / 事業主借 200,000
なぜこの科目になるか:事業を始めた後に家計から事業へお金が入った取引であるため、事業主借で記録します。
何と間違えやすいか:開業時の最初の開始残高と同じ処理だと考えてしまう間違いが起こりやすい取引です。開業時の最初の開始残高は元入金が関係する場面であり、この例をそのまま機械的に当てはめないでください。
年末に確認すること
年末には、次の点を確認してください。
- 生活費等を経費に混ぜていないか
- 私用資金で払った事業経費について、事業主借の記録を漏らしていないか
- 事業用資金で払った私的支出について、事業主貸の記録を漏らしていないか
- 事業用口座間の振替を誤って事業主貸・事業主借にしていないか
- 家事分を分ける必要がある取引を確認したか
- 貸借対照表と損益計算書に不一致がある場合、事業主貸・事業主借の計上漏れがないか点検したか
会計ソフトによっては、期末から翌期首にかけて事業主貸・事業主借を元入金へ振り替える処理が行われる場合があります。具体的な振替方法はソフトや帳簿の体系によって異なるため、このページでは仕訳の基本的な考え方と年末の確認までを扱い、ソフト固有の操作は各ソフトの公式ヘルプで確認してください。
よくある間違い
- 事業主貸を経費だと考えてしまう:事業主貸は必要経費ではありません。
- 事業主借を収入だと考えてしまう:事業主借は事業所得の売上・収入ではありません。
- 自分のお金を事業口座へ入れただけで売上になると考えてしまう:家計から事業への資金投入は、それ自体では売上になりません。
- 事業口座からお金を出した取引を、内容を確認せずすべて事業主貸にしてしまう:本来の経費・資産等に当たる支出まで事業主貸にしてしまうと、必要な経費の記録が漏れます。
- 自分名義の口座間の移動を、すべて事業主貸・事業主借にしてしまう:事業内だけの資金移動には事業主貸・事業主借を使いません。
- 私用資金で払った事業経費を、経費にできないと考えてしまう:経費の内容と資金の出どころは分けて記録します。
- 事業用カードで払ったものをすべて経費だと考えてしまう:私的な支出が含まれる場合は、事業主貸で分けて整理します。
- 事業主貸にすれば私的支出について税務上の問題がすべてなくなると考えてしまう:事業主貸を使ったこと自体が、税務上の結論を決めるわけではありません。
- 生活費を租税公課や福利厚生費等の経費科目にしてしまう:生活費は事業の経費科目ではなく、事業主貸で整理します。
- 所得税という名称だけで租税公課にしてしまう:個人の所得税は、事業所得の必要経費にはなりません。
- 開業時の元手を、必ず事業主借だと考えてしまう:開業時の最初の資金は、元入金が関係する場面であり、事業主借と機械的に同一視しません。
- 事業主貸・事業主借は年末に必ず手動でゼロにしなければならないと考えてしまう:残高があること自体を誤りとは扱いません。
- 事業主貸・事業主借を使えば家事按分は不要だと考えてしまう:按分が必要な取引では、按分後の事業分・私用分をそれぞれの科目で記録する必要があります。
- 事業主貸・事業主借を法人の役員貸付金・役員借入金と同じものだと考えてしまう:個人事業特有の科目であり、法人の役員貸付金・役員借入金とは別の性質です。
判断できない場合
自分の取引がどちらに当たるか判断できない場合は、次を確認してください。
- その支出・入金は事業のものか、家計のものか
- 売上・経費・資産・負債として別に記録すべき内容があるか
- 事業用資金から家計へ出た取引か、家計資金から事業へ入った取引か
- 開業時・期首の処理か、事業を始めた後の年中の取引か
- 会計ソフト固有の期首繰越・元入金への振替に関する取引か
これらで判断できない特殊なケースは、税務署、税理士、または利用している会計ソフトの公式サポート等へ確認してください。
チェックリスト
相談先
会計ソフトを使っている場合は、次の点を確認してください。
- 事業主貸・事業主借の標準的な科目名
- 私用カード・私用口座で払った取引の入力方法
- 開業時の元入金の入力方法
- 期末・翌期首の元入金への振替方法
- 自動仕訳から私的支出を除外する方法
税務署・税理士等には、次の点を確認してください。
- その支出自体が必要経費になるかどうか
- 家事按分が必要かどうか
- 税金・保険料・家族関係の支出等、特殊な扱いが必要な取引
- 複数事業・共同事業等での特殊な資金移動
- 過年度の記帳誤りの訂正方法
公式情報
次の国税庁の公式資料で、記帳の考え方や記載例を確認できます。